映画
USB
Movie Information
作品名 | USB |
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監督・脚本 | 奥 秀太郎 |
出演 | 広瀬祐一郎:渡辺 一志 / 祐一郎の母:桃井 かおり / 堅田信一:大森 南朋 / 大橋:大杉 漣 / 甲斐:峯田 和伸 / 藤森:野田 秀樹 / 藤森のマネージャー:梁英姫(ヤンヨンヒ) |
スタッフ | 撮影監督:与那覇 政之 / 編集:溝上 水緒 / 美術:平沢 達朗 / 音楽:藤井 洋 / スチール:大山 ケンジ / デザイン:野寺 尚子 / プロデューサー:奥村 千之介 |
作品公式サイト | - |
グッズ・DVD販売 | N.D.W Online |
Intoroduction
行き場のない今の日本で、破滅と再生に向かう極限のラブストーリー
桜が舞い散る映像美の豊かなポエジーと、現代日本の知られざる裏社会を鮮烈に映し出したハードボイルドの融合。そして、出口なしの状況で蠢くひとりの青年がたどる哀しい運命を描く――そんな、まったく新しいラブストーリーの傑作が誕生した。
舞台は茨城県筑波のとある小さな町。一見、のどかで平和な風情だが、実は原子力発電所の臨界事故が原因で立ち入り禁止区域が残っており、不穏な空気感で覆われている。この町の実家で暮らす孤独な青年・祐一郎は、開業医だった亡き父の跡を継ぐべく、医学部を何年も受験しているが、まったく身が入らない。常態化した倦怠感の中、ギャンブルやドラッグの世界に深くハマリこみ、さらなる絶望と焦燥に苛まれていく彼は、極秘で行なわれている放射線科の臨床試験アルバイトを知り、やがてひとつの決断を下す――。
冷酷な情報が錯綜し、眼に見えない不安に脅かされている現代日本の若者たち。彼らに等身大の共感を持って、破滅と再生に向かう男女の姿をロマンティックな筆致で描き出したのは、独自の作風でカルト的支持を得るゼロ年代の鬼才監督、奥秀太郎。宝塚歌劇団やNODA-MAP、毛皮族など、多数の人気劇団の舞台映像や、自身の作・演出による舞台劇などを手掛けながら、自主制作で映画を撮り続け、『カインの末裔』は2007年のベルリン国際映画祭に正式出品されて高い評価を受けた。今作『USB』は、硬質な構築美の上に、かねてから奥がこよなく愛している桜のモチーフが効果的に生かされ、彼の最初の到達点と言うべき作品が完成した。
キャストには、奥の才能に惹かれた豪華な面々が集結。主人公・祐一郎には、『カインの末裔』に続いて主演を務め、自らも映画監督である盟友・渡辺一志。祐一郎の母親役には、『太陽』や『SAYURI』で国際的な評価を持つ桃井かおり。さらに日本映画界きっての名バイプレーヤーである大杉連や大森南朋、NODA・MAP主宰の演劇界の重鎮・野田秀樹 、銀杏BOYZのヴォーカリスト・峯田和伸、毛皮族主宰の江本純子など、日本のカルチャーを牽引するカリスマたちが脇を固める。そして祐一郎の恋人・恵子を演じる期待の新人女優、小野まりえを含めた鉄壁のコラボレーションにより、誰も到達したことのない特異で甘美な映画世界が、いま、ここに咲き乱れる――。
Story
茨城県筑波。数年前に原子力発電所の臨界事故があり、じわりじわりと放射能汚染が進む町。医学部を受験しながらも、すでに五年目の浪人生活に入っている祐一郎(渡辺一志)は、26歳のいまも実家暮らしの身だ。開業医だった父親の死後、母親(桃井かおり)や親族からは、祐一郎に父親の病院を継いで欲しいという期待が高まっている。
しかし祐一郎は、うだつのあがらないうちにギャンブルによる借金がかさみ、ヤクザの大橋組に返済を迫られるあまり、ドラッグの売買に手を染めてしまう。そんな鬱屈した生活の中、予備校で知り合った恋人の真下恵子(小野まりえ)から妊娠を告げられ、激しく困惑する。
映画青年でもある祐一郎は、父親の患者だった映画監督の藤森(野田秀樹)の自主撮影に付き合うが、すでに藤森は末期ガンに冒されていた。桜の映像を撮り溜めている彼は、町に漂う放射能が自分の病に効くのではないかと期待しているが、病魔は容赦なくその肉体を蝕んでいく。
母親にはいつもと変わらぬふりを装いながらも、次第に追い詰められていく祐一郎。やがて、大橋組のボス(大杉蓮)の娘・あや(江本純子)と駆け落ちしている幼馴染みのチンピラ・甲斐(峯田和伸)から、祐一郎のいとこである医師・信一(大森南朋)が勤める病院の放射線科で、多額の報酬が支払われる極秘のアルバイトが存在することを教えられる。
借金返済を目的に、放射能を大量に浴びる危険な臨床試験に挑む祐一郎。彼の情報が入ったドッグタグのようなUSBメモリを首から提げながら……。
まもなく、逃亡していた甲斐とあやのアジトを大橋組の組員・南部(岸建太朗)がつき止め、その凄惨な現場に祐一郎も巻き込まれる。完全に身の破滅を感じた祐一郎は、再び信一のいる病院を訪れる。そこに、しばらく連絡が途絶えていた恵子が現れるが――。
Commentary
奥秀太郎 解説
かつて――いや、ほんの少し前まで、奥秀太郎の映画は「わけがわからない」と言われ続けてきた。大人計画の人気役者たちがメインで出演している『日雇い刑事』や『日本の裸族』にしろ、中村獅童の初主演映画となった『赤線』にしろ、狂ったギャグが連発されるユーモラスな内容ながら、そこには誰も明確な物語を見出すことができない。奥秀太郎は自らの映画を「宅録映画」や「ベッドルーム・ムーヴィー」と称していたが、ちょうどVJが感覚的に映像を切り換えていくように、彼は集めた映像素材を、極めて音楽的、体感的にパソコンで編集する方法を取っていた。それは従来の映画文法をぐちゃぐちゃに解体、あるいは蹂躙する過激な意思に満ちていたのである。
そんな日本映画における最大の異端児が、大きな旋回を遂げた傑作が2007年の『カインの末裔』だった。白樺派の作家・有島武郎の同名小説からインスパイアされ、現代の工業地帯のスラム街に舞い降りた孤独な青年を描いたこの作品で、奥秀太郎は初めて骨太のストーリーテリングを志す。結果、緻密な空間・音響設計も含めて、非常に構築美のあるものに仕上がった。前衛作家として培ってきた資質の上に、都市の澱みを寓話的に結晶させたハードコアな世界観は、彼が愛する80~90年代のアンダーグラウンド・フィルム(塚本晋也、リチャード・カーン、ハーモニー・コリンなど)の精神を独自に培養したものだと言えよう。
今回の『USB』は、その『カインの末裔』の達成の延長に築き上げられたモニュメントだ。ひとりのアウトサイダー(『カインの末裔』は出所後の少年犯罪者、『USB』は実家暮らしのニート)が荒涼としたコミュニティの中で追い詰められていく――という物語構造、犯罪と欲のからむフィルムノワール的な空間、などの諸要素を踏襲しつつ、原発事故というモチーフを加えることで、日本社会の混沌をグロテスクに拡大させる眼差しは一層先鋭化した。特に、峯田和伸と江本純子が演じるストリートギャングのカップルは、廃墟化した現代日本に生きる子供たちの象徴化された姿として、鮮烈な印象を残す。
そういったドラマに重ねられるのが、以前から奥秀太郎が好んで採取している桜の映像だ。儚げな抒情を放ちながら、眩惑的にブレる狂い咲きの桜は、初期の映像詩的な長編『壊音 KAI-ON』のノイジーなざわめきを思い出させるものであり、同時に奇形化した日本の姿でもある。
美しさと、哀しみと――。『USB』は、奥秀太郎の最初の集大成と言えるだろう。
森 直人